何も出来ないという立場をつらぬいていた

”脱却”という言葉が似合うほど、私には「自分はダメだと思う気持ち」が強くありました。

私にとって大きな問題のひとつでもあったのは、「私は何もできないからダメ」という感覚でした。生まれてきたばかりの赤ちゃんは、一人で何もできないといっても当たり前のことですが、大人の私が、一人でも何もできないということはないはずです。が、私は色々な場面で、いつも「私は何も出来ないから」という立場を守り続けていました。そのため、したいことがあっても「難しいから」と言って、積極的になれなかったり、「私の言うことはたいしたことない」と思っていて、自分の意見を言うことをしませんでした。また、その反対に人との意見に負けまいとして、相手のことを言い負かそうと必死になることもありました。

「私はダメだ」という感覚を扱うカウンセリングは何回か受けました。

カウンセリングを受けると、「私はダメだ」と思う感覚になる場面がいくつかありました。いくつかある場面を一つずつ扱いながら「ダメだ」と思う感覚をなくしていきました。いくつかあった場面から最終的に行きつくところは、やはり子どものころの私と母親の関係性でした。

カウンセリングを受けていく中で、子どものころの私は、母から姉と比べられたり、私の行動や言葉、欲求を否定されることが多々あることに気づきました。姉と同じことをしたり、言ったりしても、私だけが怒られている感覚がありました。その代わり、「何もできないダメな私」でいれば、母は面倒を見てくれてました。母親に面倒をみてもらうためには、「何もできないダメな私」でいなければならなかったことを知りました。

カウンセリングの中で、私は母親に対して「何もできないダメな私」しか認めてくれていないことに対しての、「怒り」と「悲しい」気持ちを感じました。そして、私が「ダメな立場から抜け出そうとする」と面倒を見てもらえないことに対しての「恐さ」が出てきて「恐い」という気持ちも感じました。

感情を感じた後は、気持ちがすっきりとして冷静な判断をすることができ、ダメな立場から抜け出すことを選択することができるようになりました。

「私はダメ」という感覚が体の奥に残っていた。

しばらくの間、「私はダメ」という感覚もなく落ち着いた日常を送っていました。そして、もうこの問題はでてこないだろうと思っていたのですが、何年かが過ぎたころに、ふっと漠然とした「私はダメ」という感覚を感じて、再度カウンセリングを受けました。

この時の「私はダメ」という感覚は、心の奥の方から突き上げるような感じがあり、私の心の中にでてきました。体感的には母のお腹の中にいる時から感じていたような感覚でした。自分でも驚くほど前から、「ダメ」という感じを持ち続けていたようでした。この感覚に向き合っていると、自然と悲しい気持ちがでてきました。悲しい気持ちを充分感じました。

「私はダメ」という感覚は、私の心の中の深い所まで入っていたようです。この一連のカウンセリング後、私は、人のことが気にならなくなり、人から褒められると素直に「ありがとう」と言えるようになっていました。そして、自分に対しても人に対しても、できないことがあっても、出来ることがあっても、受け入れることができるようになってきています。

もう、おそらく「私はダメ」という感覚はでてこないと感じています。